CTF補正
透過型電子顕微鏡画像は、通常、その撮影条件に応じて、画像が変調されて撮影されます。撮影された画像をそのまま解釈しようとすると問題が生じます。特に、コントラストが低い生物試料では、デフォーカス量を大きくとって、コントラストを増強しようとします。そのため、非常に大きな変調を受けます。
実空間で考えると、観察像は、真の像の一つ一つの点がどのように広がるかを示す、点拡がり関数(PSF: Point Spread Function)が各点毎に畳み込まれた(convolute)された画像になります。
一方で、逆空間(フーリエ空間)では、観察像のフーリエ変換は、この点拡がり関数のフーリエ変換されたものであるコントラスト伝達関数(CTF: Contrast Transfer Function)が、真の画像に積となったものとなります。
ここでは、Eosを使って、CTFの影響がどのように出るかを計算しながら、透過型電子顕微鏡の画像の意味を理解しながら、コントラストの補正を行う方法について、まとめておきます。
CTFによる変調を受けた画像を得るためには
Eosでは、真の画像がどのように変調を受けるかをシミュレートするためのツールがいくつか有ります。 画像に対して、CTFの影響をみるためのツールが、mrcImageCTFObservationです。このプログラムを使って、画像変調をかけてみましょう。example-002.mrcをダウンロードして利用してみましょう。
$ mrcImageCTFObservation -i example-002.mrc -o example-002.prectf -kV 200 -Cs 1.2 -df 30000 -A 0.1 -Ain 0.3 -ctfMode 33 $ Display2 -i example-002.mrc & $ Display2 -i example-002.mrc -Inverse &
また、CTF関数そのものをインタラクティブに観察するには、ctfDisplayというツールがあります。このツールは、CTF関数そのものを決定するためのインタラクティブなツールでも有ります。
$ mrcImageFFT -i example-000.mrc -o example-000.fft $ ctfDisplay -i example-000.fft -o example-000.ctfinfo
CTFのパラメータを決定するためには
Eosでは、自動的にCTFパラメータ(デフォーカス量)を決定するプログラムctfDetermineがあります。SNが十分に高く、トーンリングと呼ばれるコントラストが0の領域が明確に現れた場合には、決定することができます。こちらは、現在は、非点に対応できていません。 cryo-EMのデータなどで、コントラストが低い場合、SN比が悪い場合、また、自動決定したデフォーカス量等を確認する意味でも、ctfDisplayというツールを使います。
ここでは、配付したデータを利用してCTFパラメータを、ctfDisplayを用いて決定してみましょう。 まず、一番単純な方法を実行してみましょう。最初に画像ファイルをmrcImageFFTを用いてフーリエ変換し、その後、ctfDisplayを使って、デフォーカス値などを決定します。
$ mrcImageFFT -i example.mrc -o example.fft $ ctfDisplay -i example.fft -o example.ctfinfo
決定したCTFのパラメータは、example.ctfinfoというファイルの中に格納されています。 このファイルを使って、次にCTFの補正を行うことになります。
以下に、このctfDisplayの簡単な使い方を示します。 データはこちら(メディア:example.mrc, メディア:example.fft)からダウンロードしてみて下さい。
$ ctfDisplay -i example.fft -o example.ctfinfo
とすると実行することが出来ます。.ctfinfoのファイルは、指定されない場合も自動的に設定され、存在している場合には、そのデータを読み込んできます。その結果、下記のようなウィンドウが開きます。
この中で、左側の画面がフーリエ変換したスペクトラムを、まん中が、そのスペクトラムを角度方向に平均したもの、右がCTFのための各種パラメータになっています。
下記の手順で、CTF関数を見積もります。
1.スペクトラムがでるようにImin/Imaxを調整します。Logのボタンをおしたほうが見つかりやすいことが多いです。よくわからなかったら、Imin=0.00001, Imax=100000 とし、Logボタンを押せば、どこかに青色のスペクトラムが現れると思います。あとは、そのスペクトラムの範囲をよく見て設定して下さい。最初から分かっているときには、起動時に
$ ctfDisplay -i example.fft -o example.ctfinfo -Imin 0.01 -Imax 100 -Log
とすれば最初から設定できます。
2.同様に自分が見たい範囲で、Rmax[/A]を設定して下さい。Rmax=0.1が1nm, Rmax=0.5が2A, Rmax=1が1Aを示しています。Rminはあまり変更する必要はありません。
3.次に、ノイズのレベルを合わせます。この操作は、CTF補正そのものには通常は関係しませんが、CTFを決定する際に便利です。合わせるためのパラメータは、Inoise、MTF0もしくは、MTF1です。CCDやフィルムなどメディアに応じて、MTFの形がe指数関数型かローレンツ型を選択することができます。MTF0が指数関数型のパラメータ、MTF1がローレンツ型のパラメータです。
4.シグナルのレベルを合わせます。まずは、Inoiseと同じ値をIsignalに設定して下さい。
5.CTFのパラメータを設定します。
5−1:加速電圧[kV]の設定
5−2:球面収差係数 Cs[mm], 色収差係数 Cc[mm]の設定
5−3:照射半角であるAi[mrad]の設定(LaB6で0.15-0.45程度、サーマルフィールドでは0.03-0.05程度、コールドフィールドでは0.02-0.04程度が目安です。条件によって異なります。)
Aiの値は、照射条件によって大きく変化します。撮影条件を決めるために重要なパラメータとも言えます。
5−4:分割数の設定:通常は変更する必要はありません。どうしてもSNが悪いときにこの値を下げてみて下さい。
6.デフォーカスを決定していきます。
6−1 トーンリングが楕円になっている場合には、楕円の長軸と短軸にそれぞれ0軸、1軸のそれぞれが合うように、AxisFor0の角度を設定して下さい。長軸と短軸はどちらが0軸でも問題ありません。うまく軸があった時が、一番シグナル(青い線)の凹凸がはっきりします。
6−2 窪み(トーンリング)の所に、CTF関数(赤い線)の谷がくるようにデフォーカスの値をdefocus0/defocus1のそれぞれを変更して下さい。
6−3 Isignal/Ai/defocusをうまく合わせると第一トーンリングの所の形がよく説明できます。
うまく設定できたときの画面の例が次の様になります。
7.Saveボタンを押して保存します。
8.終了は、ウィンドウを閉じる、qのキーを押す、saveAndExit, Exitのボタンを押すのいずれかで実行できます。
CTFによる変調を補正するためには
Eosでは、CTFによる変調を補正するためには、mrcImageCTFCompensation、あるいは、mrcImageMultiCTFCompensationのいずれかを使います。前者は、一枚の画像のCTF補正を行う場合、後者は同一視野の二枚以上の画像(デフォーカスシリーズ)のCTF補正を行う場合に利用します。
mrcImageCTFCompensationでは、ctfDisplayから出力されたCTFに関する情報から、CTFの補正を行います。
$ mrcImageCTFCompensation -i example.fft -o example.ctf -info2 example.ctfinfo -m 1
とすることで、CTFのうち、位相の補正のみを行うことが出来ます。
mrcImageMultiCTFCompensationを利用する場合には、重ね合わせる画像同士の位置合わせ(アラインメント)を行っておく必要があります。その場合の精度をあげるためには、それぞれの画像の位相補正を終えたものをもちいる方が好ましいと思います。
このチュートリアルの例(example.mrc)では、クラミドモナス鞭毛の切片像に関して、CTFによる変調をかけた画像を示します。全体像は、黒白がひっくり返っただけですが、詳細に観察し、タンパク質分子(外腕ダイニン)の形を観察すると、ずいぶんと形や位置が異なっていることが分かります。
画像は、Display2で観察してみましょう。
$ Display2 -i example.ctf -Inverse & $ Display2 -i example.mrc &
両者を比較すると、全体の構造がそれほど大きく変わっている訳ではありませんが、ナノメータオーダーの構造が大きく異なっていることが分かります。つまり、細胞全体の構造を観察する分には、CTF補正は特に必要有りませんが、タンパク質レベルの構造を議論するためにはどうしても補正が必要であるのです。
CTF補正に関する統合プロセス定義書
普段は、もう少し画像の前処理を実施しています。下記に、非常に一般的なCTF補正の際にもちいるMakefileの例を示しています。
$ make
とうつと、実行のためのヘルプファイルが出力されています。
$ make TIF2CTF
とうつことで、実行したディレクトリの中にある、.tifというサフィックスのついたファイルが全てCTF補正されます。途中で、ctfDisplayを使った、インタラクティブなCTFの決定・確認のステップがあります。したがって、全自動タイプの定義書ではありません。
.SUFFIXES: .tif .mrc .cen .nor .fft .ctfinfoauto \
.ctfinfo .ctf .ctfps
-include TIFS
-include MRCS
-include CENS
-include NORS
-include FFTS
-include CTFAutoList
-include CTFInfoList
-include CTFS
#
# Setting Parameter
# [A/pixel]
RESOLUTION=3.80
# JOB Number
JN=-j 4
#####################
Help::
@echo "----- How To Use -----"
@echo "1. Prepare files(xxxx.tif) to be analyzed."
@echo "2. make TIF2CTF"
@echo ""
@echo "--- Special Target ---"
@echo "make DispCEN"
@echo "make DispCTF"
@echo "make PrintCTF"
@echo ""
@echo "--- Current Parameter ---"
@echo "RESOLUTION: $(RESOLUTION) [A/pixel]"
@echo "Job number for make: $(JN)"
mrc: $(TIFS:.tif=.mrc)
cen: $(MRCS:.mrc=.cen)
nor: $(CENS:.cen=.nor)
fft: $(NORS:.nor=.fft)
ctfinfoauto: $(FFTS:.fft=.ctfinfoauto)
ctfinfo: $(CTFAutoList:.ctfinfoauto=.ctfinfo)
ctf: $(CTFInfoList:.ctfinfo=.ctf)
ctfps: $(CTFInfoList:.ctfinfo=.ctfps)
TIF2CTF::
make TIFS; make $(JN) mrc;
make MRCS; make $(JN) cen;
make CENS; make $(JN) nor;
make NORS; make $(JN) fft;
make FFTS; make $(JN) ctfinfoauto;
make CTFAutoList; make ctfinfo;
make CTFInfoList; make $(JN) ctf;
make CTFS
TIFS::
echo "TIFS=\\" > TIFS
ls -1 *.tif | sed s/tif/tif\\\\/ >> TIFS
echo "" >> TIFS
MRCS::
echo "MRCS=\\" > MRCS
ls -1 *.mrc | sed s/mrc/mrc\\\\/ >> MRCS
echo "" >> MRCS
CENS::
echo "CENS=\\" > CENS
ls -1 *.cen | sed s/cen/cen\\\\/ >> CENS
echo "" >> CENS
NORS::
echo "NORS=\\" > NORS
ls -1 *.nor | sed s/nor/nor\\\\/ >> NORS
echo "" >> NORS
FFTS::
echo "FFTS=\\" > FFTS
ls -1 *.fft | sed s/fft/fft\\\\/ >> FFTS
echo "" >> FFTS
CTFAutoList::
echo "CTFAutoList=\\" > CTFAutoList
ls -1 *.ctfinfoauto | sed s/ctfinfoauto/ctfinfoauto\\\\/ >> CTFAutoList
echo "" >> CTFAutoList
CTFInfoList::
echo "CTFInfoList=\\" > CTFInfoList
ls -1 *.ctfinfo | sed s/ctfinfo/ctfinfo\\\\/ >> CTFInfoList
echo "" >> CTFInfoList
CTFS::
echo "CTFS=\\" > CTFS
ls -1 *.ctf | sed s/ctf/ctf\\\\/ >> CTFS
echo "" >> CTFS
.tif.mrc:
tiff2mrc -i $*.tif -o $*.mrc -r $(RESOLUTION) -m 0
.mrc.cen:
mrcImageCenterGet -i $*.mrc -o $*.cen -Nx 1000 -Ny 1000
DispCEN:
for i in $(CENS) ;\
do \
echo $$i;\
Display2 -i $$i;\
done
.cen.nor:
mrcImageAbnormalValueRemove -i $*.cen -o $*.nor -u 65535 16384 -m 1
.nor.fft:
mrcImageFFT -i $*.nor -o $*.fft
.fft.ctfinfoauto:
ctfDetermine -i $*.fft -o $*.ctfinfoauto -D 50000 -m 128 \
-CutLow 0.025 -CutHigh 0.15 -d 3 -Cc 0.7 -Cs 2.1
.ctfinfoauto.ctfinfo:
if [ ! -f $*.ctfinfo ] ; then \
if [ -f default.ctfinfo ] ; then \
cat default.ctfinfo >> $*.ctfinfo ; \
else \
cat $*.ctfinfoauto >> $*.ctfinfo ; \
fi \
fi
ctfDisplay -i $*.fft
mv $@ $@.tmp
grep .: $@.tmp > $@
awk '!/.ctfinfo/ {print $$0}' $@ > default.ctfinfo
.ctfinfo.ctf:
mv $*.ctfinfo $*.ctfinfo.tmp2
grep .: $*.ctfinfo.tmp2 > $*.ctfinfo
mrcImageCTFCompensation -i $*.fft -info2 $*.ctfinfo -o $*.ctf -m 1
.ctf.ctfps:
mrcImagePrint -i $*.ctf -o $*.ctfps -I -A -m 17 -S 0.08
DispCTF:
for i in $(CTFS) ;\
do \
echo $$i;\
Display2 -i $$i -Inverse;\
done
PrintCTF:
for i in $(CTFS) ;\
do \
echo $$i;\
if [ -f $$i ] ; then \
make `basename $$i .ctf`.ctfps; \
fi \
done
その他
Eos以外にも複数のCTF補正のプログラムがあります。下記にリストしておきます。
