経緯

情報工学部に2001年に赴任して以来、工学とは何、また、情報工学とは何について、模索してきました。自分自身が理学部の出身であり、元々の興味が理学的興味であると信じていました。一方で、プログラミングや回路設計を始めとした情報工学的手法の面白さの中で、生物物理という分野の中でもそれらの手法を取り込んでいる構造生物学的手法を取り入れた研究を行ってきました。その中にある種の工学としての発想があるのではないかと感じていました。

情報工学部に赴任して間もない頃、修士論文発表会、卒業論文発表会の中で、自分自身の疑問の持ち方、モチベーションの持ち方が工学部的発想に無いことに気付かされる場面に出会いました。モデリングに対するものの考え方、測定結果に対するものの考え方、グラフへの一本の線の引き方、その一つ一つに分野の違いを感じ、研究の進め方の多くを学びました。

一方で、広報活動、学生募集活動の中で、情報工学とは何、工学とは何を高校生に話す機会が増えてきました。その中で、学問としての工学、情報工学について改めて学び直し、まとめ直しました。

ここでは、そうした経験を踏まえて、安永なりの工学、情報工学についてまとめておくことにしました。我田引水もあろうかと思いますが、それはご勘弁頂き、安永研での情報工学だと一笑して頂ければと思います。

工学って何

私にとって、工学とは何かを学ぶ上で、分かりやすい言葉でまとめていた本が、新潮文庫「マサチューセッツ工科大学」(Fred Hapgood著)である。この本は、19世紀半ばに設立したMIT(マサチューセッツ工科大学)の変遷と学問分野を創設していく戦い(過程)が、開学の1990年位までのスパンで描かれている。その中のいくつかの言葉は、私なりの工学の本質であると理解するに至らせたものであり、ここで紹介する。

「科学は自然のリバースエンジニアリングだといえるし、逆に、エンジニアリングは問題解決空間の科学であり、設計は実験できる仮説と見なせる。」

この言葉は、単純な意味での「ものづくり」と「工学」の違いを表現しており、また、理学(科学)の本質も見通している。「問題解決空間」という境界条件と拘束条件を意図した言葉が本質を捉えている。工学とは、「問題」を解決する為にあるのだ、しかも、その問題を定義し、解決していくための手段を科学的知識と思考方法で実現仕様という試みだ。「設計は実験できる仮説」という言葉は、博士論文審査の中で、「実際に動かしてみて、意図したものと違った発見があったか」と私が質問した際に、当学部のある教員にいわれた「工学では思った通り動いていなければ問題だ」との趣旨の言葉を思い出す。理学部においては、意図したもの、想定したものとの違いこそが「発見」である。

科学がそうだと断定されている、「リバースエンジニアリング」にとって必要なものが何かを改めて考える良いきっかけとなっている。自然の「なぜ」「どうやって」を解き明かす作業がリバースエンジニアリングであり、そのための思考方法が科学であり、その結果が科学的知識として、人類の叡智を集約し、あらたなものを生み出してくる。

「科学者は物体から仕様を導き出し、エンジニアは仕様から物体をつくりだす」

仕様という言葉がもつ意味を改めて考え直すことができた。科学が仕様を導き出すものだと考えれば、工学における仕様のあるべき姿が見えてくる。理学においては、概要設計書から始まって、詳細設計書にいたるまで、各種の仕様書を各々の学問分野のなかで導き出しているのだと理解できる。その中でのモデリングとはまさに、仕様書としてあるべき姿を示したものであり、完全に記述できたとすれば、そのものが改めて再現できるべきであると何となく意図していたことを明確に表現している。

「科学は今いる場所を理解するモノであり、エンジニアリングはそこに到達するモノである。」

この言葉は、工学が可能性を目指す目的意識のある行為であることを示している。生物工学が有用な生物を生み出すものだという発想もその点で理解できた。

また、この本の中で、MITが目指したものは、エンジニアリング・サイエンスであると記述されている。サイエンスを一つのものの考え方の技術、哲学として捉えれば、まさに、「エンジニアリングをサイエンスできる」と考える。ならば、当研究室で学生に教えられるとすれば、その点につきるとも感じている。自分自身がサイエンスという技術と哲学を十分にこなせているか、……、しっかりと自分自身を向上させることにしよう。

情報工学って何

情報工学って何を考える際に、まず、情報とは何かを考える必要があるだろう。Wikipediaによれば、下記の様に定義されている。[wiki-embed url=’http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%83%85%E5%A0%B1′ tabs no-edit no-contents ]

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出前講義の中では、情報工学の始まりを「ことばの発明」として説明する。情報とは、自然界や社会、人間自身の存在そのものといえる。情報量の最小単位は1ビット(bit)、つまり、「ある」か「ない」かであり、まさに存在そのものが情報の基礎であるといえる。0の発見の偉大さはこの1ビットという情報量に思いが至ったことにあるのだ。自然界に存在するものをことばに代える作業、自らの頭のなかにあるものをことばに代える作業は、情報をコード化する題意歩であると考える。

知の構造とイノベーション

大学3年生向けの講義や出前講義で紹介するものに、暗黙知と形式知の間で知がサイクルするというSECIモデルがある。これは、野中郁次郎教授らが示した知識の発展に関するプロセスモデルである。

シュンペータが唱えたイノベーションとは、「新結合」を意味し、これまでと異なる組み合わせが生み出す社会変革を示す。